プロフィールコラム【後編】それでも、私はここにいる

初めて大きな怪我をしたとき、
私は「止まること」を初めて知りました。
それまでの私は、
走り続けることが当たり前で、
立ち止まる理由も、立ち止まり方も知らなかった。
怪我によって強制的に与えられた時間は、
不安と同時に、
「自分と向き合う」という経験をもたらしました。
焦り、悔しさ、怖さ。
それでもその時間があったからこそ、
身体の声を聞くこと、
長期的に競技と向き合う視点を学びました。
そして復帰後、
キャリアは少しずつですが、確実に上向いていきました。
ITFシングルスタイトル獲得。
全日本選手権 単複2年連続ベスト4。
結果も内容も噛み合い、
「今が一番いい」と胸を張って言える時期。
あの頃の私は、
努力が正しく報われていると、
疑いなく信じていました。
すべてが止まった、コロナ禍
そんな流れを、
一瞬で断ち切ったのがコロナ禍でした。
大会は中止。
遠征もできない。
活動は完全にストップ。
築き上げてきたものが、
一度リセットされる感覚。
特に島国である日本にいる私たちは、
陸続きの国よりも圧倒的に渡航することが不利でした。
完全に出遅れました。
ランキングも、流れも、
「積み上げ」が存在しない世界に放り出されました。
それでも私は、
またゼロから始めるしかありませんでした。
復帰、そして再びの怪我
活動再開後、
少しずつ、再びいい流れを掴み始めた頃。
今度は、肘の怪我。
手術という選択をすることになりました。
「またか」という思いと、
「それでも前に進むしかない」という覚悟。
リハビリを重ね、
再びコートに戻ることはできました。
けれど――
戻ったはずなのに、
感覚が戻らない。
思うようにボールが飛ばない。
試合の中で、自分が信じられない。
その違和感は、
技術的な問題以上に、
私の心を揺さぶりました。
目標を見失った時間
「私は、何を目指しているんだろう」
勝ちたい。
上に行きたい。
それは変わらないはずなのに、
その『理由』が、
自分の中で空白になっていることに気づきました。
結果だけを追い続けてきた私は、
結果が出にくい状態になったとき、
自分の軸を見失っていました。
選手として、
これから何を大切にすればいいのか。
正直、分からなくなっていました。
A-MAPとの出会い ― WHYやWANTが言葉になった瞬間
そんなときに出会ったのが、
A-MAPでした。
そこで私が向き合ったのは、
「できるか」ではなく、
「本当は何をしたいのか」という問い。
勝つため。
続けるため。
評価されるため。
そういった外的な理由ではなく、
自分の内側にあるWANT。
時間をかけて向き合う中で、
私は気づきました。
私は、
ただ勝つ選手でいたいわけじゃない。
挑戦し続ける姿を通して、
誰かの背中を押せる存在でありたい。
競技を通して、人の成長に関わっていたい。
その想いは、
ずっと心の奥にあったものだったのだと思います。
同時に、
プロアスリートの価値は、
勝敗だけでは決まらないということを、
感情ではなく、構造として理解しました。
※A -MAPの詳細はこちら↓
選択した道 ― ダブルスとデュアルキャリア
そこから私は、
自分のキャリアを見直しました。
ダブルスに専念すること。
そして、
選手としてだけでなく、
デュアルキャリアとして生きていくこと。
それは、
「諦め」ではなく、
自分のWANTに正直になった結果の選択でした。
競技に向き合いながら、
同時に、
人と関わり、伝え、育てていく。
ようやく私は、
自分の人生を『自分で選んでいる』感覚を
持てるようになりました。
今は現役プロテニス選手として、
また、ロイヤルSCテニスアカデミーのゼネラルマネージャーとして
育成と組織開発として携わっています。
プロ人生で一番楽しい、今
不思議なことに、
今の私は、
プロ人生で一番楽しいと感じています。
結果がすべて思い通りなわけではありません。
不安がゼロなわけでもありません。
それでも、
自分が何のためにコートに立っているのか。
なぜ続けているのか。
それを言葉にできる今は、
とても強い。
私はまだ、
成長の途中です。
完成形ではありません。
それでも――
それでも、私はここにいます。
勝敗の先で見つけた価値を胸に、
自分の選んだ道を歩いています。
同じように揺れているあなたへ
もし今、
立ち止まっている人がいたら。
思うように進めず、
自分の価値が分からなくなっている人がいたら。
伝えたい。
止まることも、
遠回りも、
ゼロからの再スタートも。
すべてが、
あなたの物語になる。
私は、
そう信じられるようになりました。
この言葉は、
自分自身への宣言であり、
皆さんへのメッセージでもあります。
鮎川真奈

